都府県出身の人たちにとって、北海道式の『甘納豆入り赤飯』は実に衝撃的な食文化であるようです。そして、そのインパクトには及ばないものの、「甘納豆入り『豆パン』もまた、何やら不思議な存在」だといいます。といっても、金時豆などの煮豆や甘納豆を生地に練り込んだ豆パンは、ベーカリーショップでは全国どこでも珍しくはないはず。
ただ、北海道では、コンビニのオリジナルパンにおいても豆パンは欠かせない存在。スーパーのパン売り場では、古くから、食パンやバターロールと同じように4個入りパックなどの豆パンが定番品でもあります。これは北海道ならではのことらしいのですが、いかがでしょうか? 大手コンビニの豆パンが北海道限定品だといいますから、やはり北海道では特に豆パンが愛され、独特の地位を築いているようです。
調べてみると、ジャガイモや豆の主産地である北海道では、戦時中からイモ入りのパンや豆入りのパンが、代用食として売られたり配給されたりしてきたことがわかります。北海道を豆パン発祥の地と決めつけることはできませんが、北海道のパン屋さんは、戦時中から代用食としての豆パンをつくり、戦後はその経験から全国に先駆けて豆パンの製造・販売を手がけたようです。道産子に豆パンがこれほど根づき親しまれている背景には、こうした経緯が関係しているのでしょう。 思えば、北海道名物料理・ジンギスカンの発祥も、戦争との関わりなくして語ることはできません。大正時代、札幌や滝川に種羊場が設置されたのは、国策として始まった大規模な羊の増産計画の一環でした。第一次大戦で羊毛の輸入が途絶えて国内でまかなうことが必要になったためですが、そこには、中国大陸にいる軍人の軍服を仕立てるねらいもあったといいます。以後、農家に対して羊を飼うことが奨励され、増えに増えていった羊は、第二次大戦後の食料難を背景に、一気に食用への転換が進み、ジンギスカンとなって定着していくのです。
北海道ならではの食文化の謎を追っていくと、こうして図らずも、戦争の歴史との関わりにふれることがあります。飽食の時代を生きている者の想像を超えるであろう、ひもじさ。逆境の中での郷土の先人たちの知恵や努力。終戦記念日は、ふるさとの食文化を通じて、そんなことにも頭を巡らせてみようと思います。